今年もよろしく





 炬燵に蜜柑。テレビは紅白歌合戦を映し、台所からは年越し蕎麦を用意する音が聞こえてくる。
 これぞまさに日本の年越し。
 そのことに清正は異存はない。
 冬は炬燵に皆で足を突っ込み、家族団欒の時を過ごす。
 そのことにも清正は異存はない。
(けど……優に二十畳を超えるフローリング張りのリビングに、一度に十人は入れる特注の巨大炬燵は微妙だろ……)
 蜜柑の白い筋を几帳面に取りながら清正は自分の周りの光景を見回した。
 艶やかなフローリングの広いリビング。その広さに見合った革張りのソファ。何インチあるのか見当もつかない大きな液晶テレビ。そしてソファとテレビに挟まれた巨大炬燵。
(浮いてるよなぁ……)
 「日本の冬は炬燵じゃ!」という家主、秀吉の希望により瀟洒な邸宅に似つかわしくない炬燵が今年も出され、普段リビングの真ん中に陣取っているローテーブルは別の部屋へと追い遣られた。
 この家の子供たちは皆、この部屋に炬燵は似合わないと思っているが、それでも日本人故か、炬燵が出されると根が生えたようにそこから動かなくなる。
 清正もまた、学校も部活も休みになると一日の大半を炬燵で過ごしている。
 炬燵が異彩を放つリビングの隣には、やはり二十畳近くあるダイニング。そしてその奥にはキッチンがある。
 今、そのキッチンでは兄の三成が年越し蕎麦を作っている。
 兄と言っても血は繋がっていない。更に言うなら戸籍も別なのだが、幼い頃から共にこの家で秀吉夫妻を親として育ってきた。
 秀吉とねねは、年末年始を温泉宿で過ごそうと提案してきたのだが、偶には夫婦水入らずでゆっくりして来て欲しいと、子供たちは行かないことにした。
 長兄の吉継は現在大学一年生で、今日は大学の友人たちと一緒に初日の出を見に行っている。末兄の正則は高校二年生。ここぞとばかりに遊びに出て行った。家には次兄で、高校三年生の三成と、末っ子の高校一年生、清正だけだった。
 男ばかりの四人兄弟。しかも全員年子ということもあり、余り兄、弟という意識はない。呼び方もお互いの名前を呼び捨てにしている。吉継だけは長兄ということ、そして何より本人の性格から、清正と正則は呼び捨てにすることが出来ない。
 清正にとって一つ上の正則は兎も角、次兄の三成に対して兄という意識がないのは育ってきた過程での関係性も多分にあるが、それ以上に三成を兄以外の存在として見てしまっているからで、清正自身もそのことに気付いている。
 いつからだったか……。三成に焦がれるようになったのは。
 そんな清正の想いに気付くこともなく、三成は蕎麦に熱中している。茹で上がったのか、鍋をシンクへと移そうとしている。
「おい、気をつけろよ」
「分かっている!」
 真剣な眼差しで蕎麦を笊へ移すと、流水で洗い出す。
「あっつ!!」
「大丈夫か!?」
 水によって表面はすぐにある程度冷やされるが、中の方はまだ熱湯が残っている。箱書きにあった通り、茹で上がった蕎麦を流水で濯ごうとして三成は百度近い蕎麦の中に手を突っ込んでしまったのだ。
「水で冷やしとけ」
 あっという間に三成の側までやって来た清正は、三成の右手を流しっぱなりの水に当て、その下で蕎麦を軽く濯ぎ、素早く水切りまで済ませる。
 清正は水を切った笊の下に平皿を敷く。
 三成は水を止め、自分の右手を見る。まだ少し痛いような気もするが、特に赤くなってもいないので、気にせず蕎麦汁の用意にかかる。と言っても市販の汁をお湯で割るだけだが。
 丼に蕎麦を盛り、汁を掛け、ねねが作り置いていった掻き揚げを乗せる。
 清正が二つの丼を持ち、三成は二人分の箸と七味を持つ。
 先に炬燵に入った清正の隣に三成も座る。
 テレビが見やすい位置だとか、清正が丼をそこに置いたからとか、そもそも一辺が長いのだから並んだところで狭くはないとか、三成にとっては大した意味は無いのだろうが、三成を意識している自分に気付いてしまっている清正にはある意味拷問である。
 さり気無く三成と距離を取り、蕎麦に箸をつける。
「……呑気に蕎麦なんて食ってて大丈夫なのか、受験」
「別に、このくらいの息抜きで落ちたりしない」
 今更ジタバタするまでもなく、常日頃からきちんと勉強してきたからこその言葉だが、今この瞬間も必死に勉強している他の受験生には喧嘩を売っているようにしか聞こえない。
「…………」
「お前、手、大丈夫か?」
 思わず押し黙った清正に構わず、三成は話を変えた。
「手?」
「さっき、蕎麦洗ったとき」
 そう言うと三成は清正の手を取る。
 白く細長い指が自分のゴツゴツとした手に添えられる。幼い頃から野球を続けてきた清正の手は肉刺が何度も出来、皮が厚くなっている。柔らかな手をした三成より熱にも強いはずだ。
「別に……平気だ……」
「そうか?」
 清正の返事を聞くと三成はあっさりと手を離した。
 ホッとしたような、惜しいような、どちらとも言えない気持ちになり、清正は小さくため息を吐いた。
 蕎麦も食べ終わり、二人何となく黙っていると、テレビから新年のカウントダウンが聞こえてくる。
『――7・6・5・4・3・2・1、明けましておめでとうございます!』
「明けましておめでとう」
 優しく滲むような笑みを浮かべて言う三成に、清正は何故だか泣きたくなった。
 三成を愛しいと思う気持ちは静かに確実に降り積もっていって、清正は自分の気持ちに埋もれてしまいそうだ。
 「好きだ」と言ってしまえば救われるのだろうか。それとも深い深い闇へ突き落とされるのだろうか。
 答えを出せないまま清正は笑った。
「明けましておめでとう。今年もよろしく」








元旦からこんな煮え切らない話…。
続きを何時か……書きたいです……。
2009.01.01 up



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