encounter





「今日から皆の仲間になる佐吉だよ」

 琵琶湖の畔、名を今浜から長浜と改めた地に聳え立つ長浜城の小姓部屋に並んだ面々に紹介される。
 佐吉を紹介しているのは城主羽柴秀吉の正室、ねねだ。
 世話になっていた寺から秀吉によって長浜城に連れて来られた佐吉は、忙しい主に変わってねねに城内の主だったところを案内されたあと、この小姓部屋に通されたのだった。

「じゃあ、私はいくからね。仲良くするんだよ」

 最後にそう言い置くと、ねねは部屋を後にした。
 残されたのは童から青年まで様々な年頃の男たち。

「ワシは市松じゃ。分からんことは何でもワシに聞け!」

 落ちた沈黙を振り払うように、佐吉の一番近くにいた少年が声を上げた。
 年の頃は佐吉と同じくらいであろうか。あどけない顔に反して、がっしりとした体をしている。華奢な佐吉と比べると一回りは違う。

「市松では頼りないじゃろ。貴様は一度に一つのことしか出来んからな」

 市松と名乗った少年の隣にいた少年がからかういうに口を挟んだ。
 この男も佐吉と同年であろうか。背丈は佐吉より少し低いが、身幅は佐吉の方が幾分細いようだ。

「なんじゃと!?」

 今にも襟首を掴みそうな勢いで口角から泡を飛ばす市松だが、少年は慣れているのかそれには付き合わない。

「俺は虎之助。永禄五年生まれの十三じゃ」

 自分より二つも年下と聞いて佐吉は驚いた。
 まだ十三とは……あっという間に背丈も幅も離されるだろうな……。特別、丈が短いというわけではないが、どこもかしこも華奢な造りをした自分の体を佐吉は恨めしく思った。

「ワシは十四じゃ!! 佐吉は幾つじゃ?」

 虎之助に負けじと市松も主張してくる。
 コイツも年下か……。佐吉は理不尽にも体格の良い二人に苛立ちを覚えた。

「……十五だ」
「なんじゃー……」

 不機嫌に言った佐吉に気付いた様子もなく、市松が残念そうな声を上げる。

「年下かと思ったのに。そうすればワシの舎弟にしてやろうかと思っとったのに……」
「俺は秀吉様の家来になったんだ。年が下だろうとお前の舎弟になんかなるか」
「何だと!? 新入りのくせに生意気だぞ!!」

 素気無く言い捨てる佐吉に、市松は大きな身体に見合った大きな声で怒鳴る。

「お前こそ年下のくせに生意気だ!」

 しかし佐吉は、それに怯むこともなく言い返した。
 そんな佐吉に市松も虎之助も一瞬驚いたように動きを止めたが、すぐに二人とも佐吉の方が生意気だと叫び返した。
 どんなに大きな声で脅しても一歩も引かない佐吉に焦れて、いつの間にか三つ巴の取っ組み合いになっていた。他の小姓たちは周りで囃し立てるばかりで止めようとしない。
 やはり力では佐吉は敵わない。しかし、市松と虎之助はそれぞれバラバラに仕掛けてくるので、二人の動きはお互いを邪魔し合い、結局三人の均衡は中々崩れず一向に決着が付く気配がないままだ。
 佐吉の襟首を掴んだままの市松の足が虎之助のそれと絡み、縺れるように三人して小姓部屋の障子に突っ込んだ。
 障子は三人を受け止めることなど出来ず、紙どころか枠まで折りながら少年たちと共に縁側を越えて庭に落ちて行った。

「こらーッ!! 仲良くしなさいって言ったでしょー!!」

 腕に障子の残骸を纏わりつかせたまま、離れた佐吉の襟首を再度掴もうとした市松の動きがピタリと止まる。同様に虎之助も微動だにしない。しかも心なしか二人とも顔色が悪い。
 佐吉は二人の動きを止めた声の主を振り返った。
 そこには可愛らしい顔を般若の如く怒らせたねねが立っていた。

「お、おねね様、これは……」
「言い訳しない」

 漸くという風情で絞り出した市松の言葉を最後まで聞かず、ねねはゆっくり庭へ降りて来た。

「三人共……お仕置きだよ」

 その日以降、佐吉も他の長浜城に住む人々同様、ねねに頭が上がらなくなったのだった。








何が書きたかったのか…。
2009.12.15 up



inserted by FC2 system